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あまんじゃく

 中学生のとき、校長先生が朝礼の時にたびたびしたたとえ話のひとつに、あまんじゃくの話がある。天邪鬼が訛ったものだが、校長先生は子供を狙う悪い大人の話を、みんなあまんじゃくの事として話す癖があったものだから、私のなかでは、いつもひとりの「あまんじゃく」が悪いことをしているような気がしていた。

 これに小学生のときに流行していた伊賀の影丸の敵役がプラスされて(天野邪鬼)、それが実は由比正雪(だったような全然違う話だったような、実はよく覚えていない)であって、しかも長髪の美男子に描かれていたために、ついには、「あまんじゃく」は、美男子の政府転覆を狙うテロリストで、忍法の心得があり、子供を狙う、決してつかまらない(だっていつも登場するって事はそういうことだ)悪いやつというイメージが出来上がってしまった。

 どうして、校長先生が悪い大人のことを「あまんじゃく」と名づけたのかはわからない。当時も今も私の考える天邪鬼のイメージは、「あまんじゃく」とはかなり異なっているからだ。

 校長先生はおそらく50代だったと思う。50年も人間をやっていると、発想に一定の型ができてしまうのはしかたないことかもしれない。べつにそんなことで校長先生を責めるつもりはない。中学生にも本当の自治を、とかなんとかわけわかんないことやって、生徒会をめちゃくちゃにした、という事件がうちの中学で起きたときの校長だったと思うが、なんだかあまり記憶がない。音楽の早川先生にこってりしぼられたことは覚えているのだけれど。

 天邪鬼のはなしだった。

 ある意味で、私にとって、天邪鬼はヒーローである。「あまんじゃく」ではない。いつでも結論をひっくり返したり否定したり無視したりするという意味での真の「天邪鬼」のことだ。

 なぜかといえば、これは研究をするときの心情に極めて近いのだ。研究者ほど意地の悪い集団はいない。それを抑えると研究は停滞する。

まとめ:断定するようになったら要注意かも。

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2004年07月30日 01:03に投稿されたエントリーのページです。

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