ちなみに、私は古書を買うのがあまり好きではない。古書を読んでいると身体中が痒くなる感じがするからだ。ひょっとしたら感じだけではないかもしれない。自分で買った本でも10年20年書棚に放っておかれた本をとりだしてひざに載せると、それだけでひざの裏が無性に痒くなることがある。
というわけで、それほど好きでない古書の蒐集マニアもあまり好きにはなれず、真性マニアの書いた本はほとんど読まないのだが、亜真性マニアの書いた本はけっこう喜んで読む。この場合、亜真性マニアというのは、確かに真性なのだが、なぜか生活が破綻してもいないし死んでもいないという人をさす。真性マニアや自分の真性マニア度を笑いのめすのが特徴だ。
単に私が笑いのある文章が好きなだけかもしれないが。
真性マニアの書いた本にある笑いはひび割れていることが多い(読んでもいないのによく言うと思った人、そのとおりです)。
ハヤカワSFシリーズ版の『太陽の金の林檎』を文字通り目の前でさらわれて以来、10代のいたいけな日々(自分でゆーな!)を古書店(といってもCOMを探すほうが多かった気もするが)めぐりに費やした(という気分だけはある)私も、ある意味では亜真性マニアである。
(暑さのせいか、最近もうまったく更新履歴の体裁をなしていないとは思うが、夏が来て思い出すのは遥かな尾瀬だけではないのだ。)
亜真性マニア=非(ナル)真性マニア というわけで、間をとったら「ナルニア」だと気づいたが、実はナルニアもホビットも読んでいない。ノディエのパン屑やマクドナルドのファンだ。あえて20世紀ということなら、ビーグルということになるだろうか。純粋なファンタジーに限定すれば、だけれど。
ボロニア・ソーセージと聞いてピンと来るなら、あなたもワタシのオトモダチかもね。ケメルくらいでも充分だけど。
蛇足だが、ケメルというのはゲセン人の発情期。こういう感性はやはり女性ならではという感じがする。
ル=グィンは「性は必要か」というエッセイでそのあたりの機微に触れている。そしてその後ラディカル・フェミニズムにはしってしまったのは周知のとおり。萩尾望都も、「銀の三角」のあとがきのなかで女性特有の問題が発想の出発点になったと書いているし。
(いろいろネットで探すうちに、こんなページに行き着いた。マンガだけどって、マンガだから良いんじゃないか。誰が作ったどういう文脈なのかも全然分からないけど。まあ、マニアならだれでも似たようなところにたどり着くのかもしれず、そうではなくて極めて特異な例かもしれず。どうでもいいことだが)
さてここでクエスチョンです:上の文章には作家(含漫画家)が8人出てきました。それぞれの関係を簡潔に述べなさい。8人を特定できない人は出直すように(^^;
ときには、直接的な言葉で語られるのではない真実が必要になる場合もありえるでしょう。