たまには
たまにはなにか書かないと、廃墟と間違われそうですね。
というわけで、といっても何を書くべきなのか。海外の最新ニュースは、本家で土日を除いてほぼ毎日更新しています。たまにしない日があるのは、学会その他で人がいないか、あまりにも他の仕事が忙しいときです。
わたしは、ウェブに関しては黎明期のころから関わってきた(栄養研のHPを立ち上げたし、それは内部では1994年にさかのぼります)のですが、さすがに21世紀になって俄然注目されてきたブログのような新しい形式はよくわからないところがあります(というか、もうそれほど勉強する気にならない)。まだ、XMLやRDFのようなもののほうがわかりやすい。といっても、難しいことに変わりありませんが。
考えてみれば、90年代のはじめにあっても、わたしは年寄り(比喩だよ、比喩)だったので、20代の人々がコンピュータ関係では栄養研でももっと活躍していたのです。
ところが、彼らはみんなよそにいってしまい、あとから来た若い世代は、コンピュータのことを知っているようないないようなで、はなはだ心許ない状況になってしまいました。
これを分析的に考えると、というのは分析がわたしの専門だからですが、10年前には境界域にいた人々が、いまでは情報業界に取り込まれてしまった(拡大した)からではないかと思えるのです。
いまではちょっとでもコンピュータが理解できる人は、みんなコンピュータ業界にいってしまうのではないか(給料が良いから)という構図になっていると思えます。コンピュータで多少はプログラムもできる(ということはウェブを作る能力は十分あるはずの)人々は、研究なんてちまちまやっているより、ウェブデザイナーとして華麗にデビューしたほうが得だという結論に達したということなのではないかと。
それでもなお栄養研で研究をしたいと考える人々は、みんな生まれたときからコンピュータがあった(アップルは77年ですから)ので、それなりにコンピュータを使いこなしているけれど、決してコンピュータを愛したりした人々ではないようです。
そんなの当たり前じゃないかと、若い人達は思うかもしれないけれど、パーソナル・コンピュータがちょうど大学時代に生まれた世代にとっては、自分の専門とコンピュータを両方同時にマスターしなければならなくて、それがある種良い刺激になっていたと思うのです。
でも、当時のコンピュータ業界は、大学で専攻した工学系の人(筆者は理工学部の出身なのでそういう知り合いが大勢身近にいて、彼らの作る電卓ゲームに驚嘆していました。電卓で、ガンダムの宇宙戦のスピード感を再現してしまうセンスはいまだに驚きです。どうやって実装したのか未だに見当がつきません)はともかく、薬学系ではリスクが大きすぎました。
大学院に進学してから、大学時代の友人達はみなPCを買い、わたしも研究室がたまたま工学系だったこともあって、いろいろなPCをいじる機会に恵まれ、自分なりにワープロ(まだ買ったら高かった)を作ったりローリー法の検量線を描画するプログラムを書いたりしていました。
当時にあっては、それはきわめて普通のあり方でした。一太郎はやっとバージョンが2になったところで、国民的ワープロになるのはもう少しあとのこと。ワープロといえばWordStarで、英文を書くためのものですが、ものすごく高かった。マックもまだ存在せず、そもそもコンピュータでなにかをするというのは、邪道だった時代です。年賀状をワープロで出すのが非常識だったといえば、少しはわかってもらえるでしょうか。そういう時代があったのです。
なんだか老いの繰言みたいになってきたのでもうやめます。
リンクDEダイエットのような存在は、もう業者がその気になればいつでもできるものになったのでしょうか? 内部でも、そうだと考える人がいるようです。
でも、まだ日本では栄養関係で英語圏以外の情報にアクセスできるサイトはここ以外には存在しません。世界中の栄養士が自由にコミュニケーションできるようなサイトはたとえ英語圏であってもどこにも存在しないのです。
研究者のコミュニティは、学会の常用言語である英語で特に問題はなく、実際にも研究者のコミュニティは発展を続けています。
栄養士のグローバルなコミュニティは、基本的にはやはり英語を主体とせざるを得ないでしょう。それはしかたありません。でも、栄養士のコミュニティでは、研究者が切り落としているローカルな話題がかかせないものとなるはずです。そのためには、自動翻訳でもなんでも取り入れていくことが必要です。
もうちょっと精度が上がらないと、という問題は現実にあるとしても。