コエンザイムQ10とか、α(アルファ)リポ酸?とか、カルニチン?とか、今年の健康食品のトレンドは明らかに、ヒトの体内にあって、別にビタミンのように補給する必要はないけれども、老化?に伴って減少していく物質にあったという気がする。
老化に伴って減少していくというところがミソ。
老化に伴って髪の毛が減少していくのは男性に顕著な現象だが、じゃあ発毛促進剤によって毛がたくさん生えてくれば老化が抑制されるのかといえば、そんなわけ、ないに決まってる。原因と結果の関係を因果関係と言い、そういう関係の場合に、結果のほうだけを抑制しても原因は抑制されないからだ。
頭皮に付ける薬では、老化の本質に迫れないというのは、分りやすい考え方(だって頭に何かを塗ったとして、それが心臓や肝臓、もっと近くの脳に入って効くと考えるヒトは日本では少数派でしょう? 目薬をさしてもそれが脳に達すると考えないわけだから)。
CoQ10?やアルファリポ酸などは、補酵素として、酵素の働きを補う役目を、細胞の中で果たしている。原因は未だにわからないけれども、老化というのは細胞が若い頃のようには働かない現象である。ということで、三段論法的に、これらを補ってやれば老化が防止できるかもしれないという期待は、上の発毛剤の場合と同じ理屈なのだが、ひょっとしたらもっと原因にかかわっているかもしれないという期待があるところがちょっと違う。
実際、これらの補酵素は生存に取るに足らない補酵素とは言えないし、老化のメカニズムに無関係とも断言できないからだ。
だれも老化のメカニズムを断言できないのだから、これは当然のことである。
そうはいうものの、僕は個人的には、これらの商品と、AHCCの間にどれほどの違いがあるのかがよくわからない。祈りの効果も、そのひとつだ。
還元論者と非還元論者の対立のような図式があるのだろうか?
僕は、効果のない(仮定です。実際にはこれからの研究で決まるわけですから)健康食品のうちで、構造式やヒトの体内に存在することを理由に、これはまともだという考え方は、還元論的である。そういうヒトが祈りの効果?を認めることは、まずあり得ない。同時に、AHCC?のように、お金のためかもしれないけど、その臨床試験をやっている関西医大?の研究を無視して、構造式がわからないことを糾弾したりする。
三共が製品化したオリザニン?は、当然の事ながら商品名だったのではないか?
話の流れを見ると、まるで僕はAHCCも祈りの効果も認めているような印象を持たれるかもしれないが、それが一番間違っている。
全否定するほどの自信が僕にはないというだけだ。
世の中には、まるでこれだけが世界だというように物事を分けてしまうヒトが存在する。ヒトというのは、既に分れているものを新たに分けなおすのはかなり苦手である。だから、コペルニクスが地球が動いていると考えるほうが合理的ではないかと考えても、なかなかそれを正当化できないで時間が過ぎてしまい、そのためにはガリレオ・ガリレイを待つ必要があったという事実から、分けるのが上手なヒトは、きっとガリレオのような何百年にひとりという科学の天才であるのかもしれない。
AHCCみたいな訳のわからない名前の物質をもっと正確に記述できないのかといういらだちがある一方で、こんな子供の戯言みたいな言い訳を許容できない偏狭さにはもっといらいらする。政治? だとしたらそれはフォロウできないな。
最後に。
僕は宗教的な祈りの効果を信じたいという気持ちは人一倍強い人間だが、それをRCT?(無作為抽出対照試験?、つまり誰が検証したいクスリを投与されるのか、診察している医師にも決定できないという、現時点ではもっとも信頼できる結果が得られる臨床試験)でやることは、神への冒涜以外の何物でもないと思う。
当たり前の話だが、このような宗教に関する問題を科学に持ちこむのはあきらかに間違いだ。それはカントが既に指摘していたのではなかったのだろうか? 純粋理性?と実践理性?という形で。
思いつきで言うと、これは実は実存主義なのだな。なんて、いつまでも偏狭なコロニーに留まっていないでさあ、つう話かもね。
だから、コロニーの支配者に無視されるわけです。若いヒトは真似しないほうがゼッタイ良いゾ。