なんでもない日バンザイ!
今日はボクの「なんでもない」日なので、三月ウサギ(まだ二月だけど)、帽子屋そしてアリスと一緒にマッド・ティー・パーティ(うそ)。
本当は、世田谷にある女子大の卒論発表会を聞きに行ってきた。
ゆあーん、ゆよーん、ゆあゆよん
渋谷から国道246号線に沿って走る鉄道の某駅で下車して改札を出ると、高校時代に同じ部の一年後輩だった川村毅の作・演出で江守徹出演の舞台が上演中であることを告げるポスターが柱や壁に数枚張られていて、驚いてしまった。
岸田國士戯曲賞も取り、商業映画監督もやっている(『ラスト・フランケンシュタイン』、柄本明、原田芳雄、余貴美子、唐十郎が出演している。わたしは東銀座まで観に行きました)けど、現代ではメジャーなタイプのテーマを扱う気がないらしいので、一般的な知名度はいまいちの感があり、最近はどうしているのかと思っていた。時々行く夏目坂のレストランに置いてある公演のちらしで見かけるくらいだった。
高校時代のカリスマぶりはすさまじくて、ボクの同輩後輩が何人か、そのまま彼の劇団に入ってしまったほどだった。ボク自身、上記の映画はロードショーで観るくらいには傾倒していた(DVDでているのだろうか?)。
でも、今日はなんでもない日だから、そのまま研究所に帰ってきた。というような冗談がまず通じない相手だったような気もする。ネットで検索すると、京都のほうで助教授もやっていたりして、活躍しているらしいし、今日見付けた公演は、余裕があれば正直観たいと思った。
彼を後輩に持ったことが稀有な体験だったことは間違いない(川村君は高校時代某部で私の次の部長をやったし、そういえば浪人時代は下宿に遊びにもいったっけ)。ただし、稀有な体験が50近くになっても、文字通り、ただのひとつもない人間は少ないような気がするというのも結構当っているかもしれないと思う。
川村君が後輩だった時代(つまり高校の時)、彼は演劇、映画、小説、詩をひとりでこなすマルチ人間で、国文の先生には、彼は間違いなく有名になると絶賛されていた。私自身は比べるのも恥ずかしい。演劇部の先輩に、萩尾望都の『三月ウサギが集団で』を貸してもらって、以後そっちの道を歩み続けているといえばいえるけれど、もともとマンガとSFとコンピュータが主な守備範囲で、自然科学系に進学したことにも何の違和感もなかった。もっとも大学を卒業するまで本物のコンピュータ(当時のマイコンが本物だとして、だが)には触ったことのないコンピュータ・オタクだった(プログラムは電卓で作っていた)。
そういえば、いま思い出したのだが、もう一年後輩に小斉平君という川村君とは全然別の意味で変わり者の男もいた。あいつも部長をやったはずだが、全く違う方向に行ってしまった(児童合唱団マネージャーから小学校教諭。問題起こしてなければ良いのだが)。私の前の部長もまた全然違うタイプだった。歴代の部長のその後の職歴リストを作ったらすごく面白い気がする(高校の現部長にメールしてやろうか)。それともあの数年間だけの特異現象だったのだろうか?
……という程度にしか思い出さないのも失礼な話だけどね。申し訳ないと思っています。