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2006年02月 アーカイブ

2006年02月10日

なんでもない日バンザイ!



 今日はボクの「なんでもない」日なので、三月ウサギ(まだ二月だけど)、帽子屋そしてアリスと一緒にマッド・ティー・パーティ(うそ)。


 本当は、世田谷にある女子大の卒論発表会を聞きに行ってきた。


 ゆあーん、ゆよーん、ゆあゆよん


 渋谷から国道246号線に沿って走る鉄道の某駅で下車して改札を出ると、高校時代に同じ部の一年後輩だった川村毅の作・演出で江守徹出演の舞台が上演中であることを告げるポスターが柱や壁に数枚張られていて、驚いてしまった。


 岸田國士戯曲賞も取り、商業映画監督もやっている(『ラスト・フランケンシュタイン』、柄本明、原田芳雄、余貴美子、唐十郎が出演している。わたしは東銀座まで観に行きました)けど、現代ではメジャーなタイプのテーマを扱う気がないらしいので、一般的な知名度はいまいちの感があり、最近はどうしているのかと思っていた。時々行く夏目坂のレストランに置いてある公演のちらしで見かけるくらいだった。


 高校時代のカリスマぶりはすさまじくて、ボクの同輩後輩が何人か、そのまま彼の劇団に入ってしまったほどだった。ボク自身、上記の映画はロードショーで観るくらいには傾倒していた(DVDでているのだろうか?)。


 でも、今日はなんでもない日だから、そのまま研究所に帰ってきた。というような冗談がまず通じない相手だったような気もする。ネットで検索すると、京都のほうで助教授もやっていたりして、活躍しているらしいし、今日見付けた公演は、余裕があれば正直観たいと思った。


 彼を後輩に持ったことが稀有な体験だったことは間違いない(川村君は高校時代某部で私の次の部長をやったし、そういえば浪人時代は下宿に遊びにもいったっけ)。ただし、稀有な体験が50近くになっても、文字通り、ただのひとつもない人間は少ないような気がするというのも結構当っているかもしれないと思う。


 川村君が後輩だった時代(つまり高校の時)、彼は演劇、映画、小説、詩をひとりでこなすマルチ人間で、国文の先生には、彼は間違いなく有名になると絶賛されていた。私自身は比べるのも恥ずかしい。演劇部の先輩に、萩尾望都の『三月ウサギが集団で』を貸してもらって、以後そっちの道を歩み続けているといえばいえるけれど、もともとマンガとSFとコンピュータが主な守備範囲で、自然科学系に進学したことにも何の違和感もなかった。もっとも大学を卒業するまで本物のコンピュータ(当時のマイコンが本物だとして、だが)には触ったことのないコンピュータ・オタクだった(プログラムは電卓で作っていた)。


 そういえば、いま思い出したのだが、もう一年後輩に小斉平君という川村君とは全然別の意味で変わり者の男もいた。あいつも部長をやったはずだが、全く違う方向に行ってしまった(児童合唱団マネージャーから小学校教諭。問題起こしてなければ良いのだが)。私の前の部長もまた全然違うタイプだった。歴代の部長のその後の職歴リストを作ったらすごく面白い気がする(高校の現部長にメールしてやろうか)。それともあの数年間だけの特異現象だったのだろうか?




 ……という程度にしか思い出さないのも失礼な話だけどね。申し訳ないと思っています。


2006年02月15日

昨日はバレンタインで今日ギフトショーに連れていかれる



 まさかよそうもつかないいんぼうが、……き、きみたちはだれだ、な、なにをする、はなせ、はなせーっ……


 それはともかく、海の上から眺めたことしかなかった東京ビッグサイトに行って来たのは、東京インターナショナル・ギフトショーの見学のためだ。


 もちろんマシュマロやクッキーを捜しに行ったわけではない。いわゆる「e-ラーニング」をペットに結びつけたオンラインシステムを製作している会社のデモとお話を聞きに出かけたというわけだ。


 総合受付に到達するまでに、建物の外の歩道に延々とヤンキーよろしく腰を下ろしてお昼を食べている人々の列ができていて、「これは違う世界に来てしまった」と思ったが、実際に中に入ってからもその期待は裏切られなかった。仕事だったので、終わってすぐに帰ってきてしまったが、たまにああいう世界にひたるのも、いろいろアイデアを与えてくれるので有益だと思う。


 余裕があれば、ついでにマシュマロも捜せたのに(ついでに記せば、朝日のマシュマロが終わってしまったのはもっと惜しいことだった)、と思いつつ会場を後にしたが、実際は、人ごみが大嫌いなので大急ぎで出てきたというのが本当だ。自分から自発的にフェアの類に参加したことは、アップルにもコミケにも一度もない。


 帰りにおもわずソローの『森の生活』(岩波文庫)を買ってしまったことからも明かだ。『森の生活』は米国ニューイングランドの森の中でたったひとりで2年間暮らした著者の生活の記録である。


 わたしは、休みの土日にはまったく一歩も家を出ずに過ごすことも多い。一日も家の中に閉じこもっていられない人間もいるが、わたしは食糧さえあるなら、一週間くらいは家から出ないでも全然かまわないタイプの人間だ。


 二年間もひとりで暮らせるなら当然のことだが、作者が『エセー』のモンテーニュ同様、自分のことしか書けないと書いているのを読んで、もっと早くに読むべきだったかもしれないと思った。


 でも、実際にはまだ数ページしか読んでいないので、思いこみが正しかったかもしれない(そういう例のほうが個人的には多い)のだけれども。


 ギフトショーが森の生活に直結してしまえるヒトはわたしの隣人です。


2006年02月28日

プロポリスについて



 原稿を書くために文献を調べていたのですが、ギリシャ・ローマ時代の文献に、たったひとつだけだけど、胃と肝臓の治療のためにプロポリスを内服すると書いた文献が存在するらしい。


 ただし、現在知られているギリシャ・ローマ全15文献中の1であり、アリストテレスもプリニウスも外用のことしか書いていないので、内服薬としては通常は用いられなかったと判断しても間違いではないだろう。


 現代と違って、アルコール抽出などしていない「蜂にかわ」そのものなので、それは要するに松脂のようなものである。プリニウスの時代には間違いなく外敵を寄せ付けない作用を持っているとは考えられていたようだが、多分飲むものではないと考えられていたのではないだろうか?


 ニベアクリーム、オロナイン軟膏あるいはムヒがあまり内服には用いられないのと同じ理屈で。


 それでも内服について書いた文献が残存してはいるので、実際に飲んだヒトもひとりやふたりではなかったと思う。


 アルコール抽出がいつ始まったのかは、結局今回は調べ切れなかった。インカ帝国時代のブラジルなのか(だからブラジル産が良いと言われているのか)? それとも、もっとずっと最近のことなのだろうか? アルコール抽出しても薬効があるとわかったからやったはずなので、どうしてそういう結論に至ったのかは大変興味あるところである。


 インターネットでは、そういうことは捜しにくい。基本的にGoogleなど現在の主な検索エンジンは人気投票に過ぎないので、読者が一番騙されやすいサイトが上位に来る。それは人気投票の宿命だ。筆者が記憶している典型的な例は、トランス脂肪酸の危険性に関するサイトで、そこでは脂肪酸の構造図が、まったくでたらめに書かれており、少しでも化学を勉強したものなら、ただちにおかしいことが察知できるが、Googleではトップランキングというものだった。


 医学博士も取ったという管理栄養士に見せたところ、なんで問題があるのか、というので、脂肪酸の構造がおかしい(実際はめちゃくちゃ)だろうというと、そうかと答えてから、実は化合物の構造式のことはよくわからないと言われた。


 TVなしの生活が多くの人にとって考えられないように、Googleの検索は大きな影響力を持ちつつある。大学の教養課程で化学を学んだ人間には、一見して出鱈目であることがわかるような構造式を載せたページが、Googleのトップか二番手辺りに位置してしまったら、Googleに科学知識の啓蒙を託そうという気持ちが雲散霧消するのは当たり前だ。


 ところが、悲しいかな、現実にはそのようなページは依然としてGoogleの上位を飾っている。


 筆者はGoogleはランキングをコンピュータにまかせているので仕方ないとずっと思っていたが、最近読んだ本によると、そんなことはないらしい。それが事実かどうかは知らないが、人間が動かしているコンピュータで、理不尽な結果がまかり通っているのを修正できないとしたら、ひどい話である。


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