20年くらい前にはやった歌。作者は前世紀の終わり頃に一時代を築いたけど、この頃は、まだ一部のファンしか知らなかったかもしれない。わたし自身は、TMNetworkのファンだった女の子に聴かされた。同じグループの『八月の長い夜』とこの2曲だけは印象に残っている。
「歌は世に連れ、世は歌に連れ」という言葉があるが、歌はある時代というか瞬間の記憶をまるごと呼び覚ます、一種の呪文のような働きをすることがある。プルーストのマドレーヌという感じだろうか。
マドレーヌなら長い文学的な営みにもなろうというものだが、音楽の呼び覚ます記憶は、なぜかほろ苦いものが多い。思い出した瞬間に、顔をしかめてしまうような。
音楽に限らず、ふいに思い出す記憶は、要するに忘れたくて忘れていたのを呼び起こされるので、あまり良い思い出ではないものが多いような気がする。逆に忘れたくない記憶は、常に記憶にあるので、ふいに思い出したりすることはない。当たり前だ。
『春よ来い』の主題歌の二番は、
君に預けし我が心は
今でも返事を待っています
どれほど月日が流れても
ずっとずっと待っています
という歌詞で始まる。
ある日、カーラジオからこの曲が流れてきた瞬間に、涙が止まらなくなってしまったのは、心を預けた君にはもう永遠に会えないからだ。でも、自分でもさすがに驚いてしまったくらい、音楽には強い力があることを再確認させられた。涙が止まらなくなるどころか、泣くとさえ思っていなかった。
わたし自身の実の娘が、そのもう永遠に会えない君だったという事情があるにしても。
でもそれももう11年も昔のことだ。(と書いてあるのを読んで大半の人はほっと胸をなでおろすと思うけど、読者に気を使って書き足しているだけで、11年は昔ではない。ほっとした人とはお友達にはなれないかもしれない。もともとなりたくないだろうから、問題はないでしょう。)
なんだか、だんだんプライベートな話題が多くなっている気がする。栄研サイトからリンクが張ってあるので、以前にも上のほうから注意めいたことを言われたことが確かにあるし、自分でも気を使ってはいるのだが、とりあえず社会問題にならなければ黙認ということのようでもある。もちろん黙認だからといって、何を書いてもいいわけではない。
栄養研の職員は、4月からは公務員ではなくなる。自由になって良いというのも一面の真実だが、職員の中には公務員であることが意味のあることだった人間も少なくない。否応なく非公務員化は進行する。同情するなら金をくれというところか。
以前にも一度だけこの話題に触れたことがあったが、その時もお断りしたように、この話題にコメントしたりメールしたりしないで下さいね。