> あと、元の情報が科学的根拠に基づくかどうか、についてですが、同じような主張が
> 山梨医科大学名誉教授 佐藤章夫氏のサイトに書かれています。一応参考文献もつい
> てますのでご参考になれば。私は斜め読みしただけで脱力してしまいました。一文一
> 文を熟読・検証する気力は湧きませんので、どなたか気合いのあるお若い方、よろし
> くお願いいたします。
> http://www.eps1.comlink.ne.jp/~mayus/index.html
新谷医師の赤本(『病気にならない生き方』)は、副題がミラクル・エンザイムで、最初からファンタジーであることを主張しているので、SFとして読めばなにも問題はないのです。いかにも本当らしい記述を続けて、いきなりミラクルですから。酵素の元ならプロトロンビンやプラスミノーゲンのような酵素前駆体やアポ酵素のことかと思いきや、そんな説明はいっさいないようだし(全文は読んでいないのでどこかにあるかもしれませんが)。
ミラクル以外の栄養学批判は、いままでのいわゆる正統派栄養学批判の焼き直し的な感じで、それが世界的権威の医師の手にかかると、あれほどまことしやかになってしまうという意味で、わたしは新谷医師をすごいと思ってしまいました。
それにくらべれば、上記の佐藤名誉教授の文章は、まともですが、日本では牛乳を1,000年もの間飲まなかったという主張は、江戸城にウシの牧場があり、チーズに似たものを生産していたと主張する本に対立するものです。確かに牛乳そのものは飲まなかったようですが。
基本的に、医師や生物学系の研究者は、なぜか自然科学からはずれた部分(このばあいは日本史)になると、とたんにトンデモ本の主張を鵜呑みにして、まったく批判的な視線が欠落することが多いようです。
何十年の間、自然科学者にあらずんばヒトにあらず、の世界で生きていれば、無理も無いのかもしれません。経験的にいえば、歴史のようないかがわしい分野(自然科学者的にはですよ)について、(自然科学では普通にするような)文献を引用しながらの論証を試みる行為自体が、その自然科学者が自然科学者として能力がないことの証明になってしまう世界(そんな論証をする時間があるということは、自分の本来的な仕事をなまけているからである)ですから。
だからといって何を言っても良いはずはありませんが、おそらく大半の研究者は、科学的な研究をするのでトンデモ本を批判する余力はないでしょうし、70歳に近い先達の意見を表立って批判するのは憚られるし、というところでしょう。
4月には完成していなければならないものを6月の終わりに初めてプロトタイプで提示して(その時点で3ヶ月遅れている)、それを9月の終わりに批判したら、誠実でないとなじられる様なものでしょうか(実際なじられた)? 誠実でないのはどちらですか? 3月の24日にと言っていましたが、研究所の方向は閣議で認められる以前から明らかだったし、明らかでなくても対応策を立てておくのが誠実な態度でしょう? 立てないでいても、6月の終わりでは3ヶ月も経っているわけで、少しく遅れているとはいえないのでしょうか? 現在が提示されてから3ヶ月なのは事実ですが、もともと3ヶ月近い遅れをもって提示したものを、3ヶ月近い遅れ(現実には遅れではなく、もともと遅く提示されたというだけ)で解答して責められる理由はありません。とはいえ、これはこれ。科学とは無縁。わたしが両方やっているというだけのこと。人間というのはそういうもろもろの総和ですよね。