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2006年10月 アーカイブ

2006年10月16日

天文対話



 ガリレオの『天文対話』を読むと、ピサの斜塔から落下する重さの違うふたつの物体が、どうして同じ時間で地上に到達するのか説明するのは、そのころの言葉ではむずかしいことがわかる。翻訳で読んだせいもあるが、ニュートン力学を数式で説明することとはまったく異なる。


 これは、ある意味、なにも知らない子供に科学を教える場合に似ている。それに、サイエンスフリー(無料の科学 ^_^;)な調査研究を支持する人々への反駁にも似ているかもしれない。


 実は、サイエンスというのは、そういう部分を注意深く避けることによって発展してきたわけだから、困難なことは目に見えている。つまり、「神は真空を嫌う」のでエーテルで充満していることになり、「神の宇宙は完全」なので地球は動かない、というような理屈を論駁しなければ先に進めないのである。


 栄養学に、西洋も東洋もない、というのが栄養学が学問として成り立つ根拠のはずなのに、食養という考え方を支持する研究者の中には、西洋流の合理主義を入れることで、日本人の食という人間の根本的な営みが穢されたという考え方をする者もいるようで、そういう価値判断を超越したところで成立している学問に、それを批判しろといっても無理があるのは明らかだ。


 もちろんそんなのは少数派ではある。けれども、朝ごはんは一日のリズムを作る大切な食事だから、100%の子供がそれを摂るようにするという目標はどうだろう。


 さて…


2006年10月17日

僕たちの将来 by 中島みゆき



 今日、うちで働いているバイトの子相手に、もうウェブじゃないと言い、それはそのとおりではあるけれど、まだまだウェブの時代は続くし、そのウェブは携帯やゲーム機と見分けがつかなくなるところまで行くだろうというのも本当で、ウェブじゃなくなるのはたぶんこれからの5年から10年過ぎたあと、ということだ。マスとしては。


 それで、関係ないけど、そのときたまたま一緒にお茶してた卒論生が言っていたことを思い出して、YouTubeをのぞいて見た瞬間、なんだか「わかった」と思ったのは、ウェブページが10億ページを超えた(あるいは20億ページかもしれない)この過去数年間のどこかの時点で、ウェブのランキング上位に来るとか知名度がとかいう価値は、たぶんTVの視聴率と同じものになってしまったのだ、ということだった。


 つまり研究所や研究者という視点から、多分TVだってラジオだって、ある時点(短かったと思う)までは、視聴率が高くないといけないと考えていた時期があるはずなのだ。ウェブでいうなら、95年から2000年ころというのは、Googleがまだ無い時代にランキングというか知名度は重要な問題だった。よそからリンクを張ってもらえばうれしかったし、Yahoo!にも登録され、雑誌に紹介されたこともなんどかあったが、そういうことが重要だと思えたわけだ。


 この1,2年はダイエットで検索してもウチのサイトはもう出てこないけれど、もうそういう時代ではないというか、そういう時代ではすぐになくなるだろう、という感じがして、それは例えばニューヨーク在住の大学院生Asakoさんの多分まだほとんどだれも知らないサイトでも、5年前にはそこいら中に書き込みしたりリンクの登録をしたりして宣伝して、アクセス数をふやそうとしただろうと思う。


 でも、現在では、すこし特殊な用語であれば、わたしたちの作っているページのどれかが一位にくることも珍しくないくらいおなじみにはなっている(彼女のサイトも例外ではない)。というか、多分数年を経た特に隠匿しているサイトでなければ、みんなおなじみになったのだと思う。だから、Googleは、広告のリンクを目立つ位置に入れたわけだ。べつに因果関係があるわけではないだろうけれど。


 最近では、サイトのアクセス数を増やしてくれるというありがたい業者からのメールも来なくなって久しいので、実際もう全然そういう時代ではないということがわかる。ただ、アクセス数が研究所の目標でないことは誰の目にも明らかで来年の業績評価からははずしてほしいとも思うのだが、まだ2、3年は確実に続くでしょうね。


 ソーシャルネットワークはヤバイと思うが、2チャンの対極にある、けれどある意味ではとても似ているし、とても日本的な感じだ。


 むかし、11月中旬のドイツでバスに乗っていたときのことである。街の大きな乗換駅で、ごく普通の買い物帰りの女の人が、バスを降りようとしてだれかとぶつかったらしい。


 彼女は、バスを降りて、振り向きざまに、なにか怒鳴りながら、つばをはいたのだった。


 乗り降りの女性同士のちょっとした接触で、諍いになることがそもそも驚きだった(でも日本でも全くありえないことではない。見たことはないが)が、混雑している乗り物にむかってつばをはく姿をみて、ドイツと日本は違うと感じた。


 当たり前の話だが、ドイツ人といっても別に日本人と異なるわけではない同じヒトであって、(遺伝子を介して子孫を残す生物全体の中で比較すれば)遺伝的な背景はほとんど一緒である。ちがうのは環境の方だと思うが、その違いが2チャンを生む土壌になるのである。


 環境因子は、国によって言語が違うことが障壁になって、なかなか見えにくいのだが、欧米とアジアの諸国のウェブサイトをひとつずつ見ていくと、逆に日本人であることが見えてくる。全部が日本語か英語ならばその差異は歴然だろう。


 そのようなことも含めての将来像ではある。


2006年10月24日

紐育、紐育!



 ニューヨークと読みます。


 あさこさんのブログにはコロンビア大学の栄養教育のさまざまな話題が書かれています。


 最近だと、食育というほうが近いかもしれません。食環境学のようなエコロジーもあるし、マクロビオティックにのような考え方もまじめに考えるし、アメリカ人はさすが移民の国、補完代替医療が国家プロジェクトになるのもうなずけます。


 日本の大学で、エコロジーやマクロビオティックや「食養」を講義の中に取り入れているところはないのではないでしょうか。


 でも、栄養学というのは、純粋科学ではなくて応用科学であり、さらに栄養教育学や栄養情報学に至っては、社会科学だろうと思うので、これが入るのは当然で、だからコロンビア大学では教えているということだと思うのですが、その辺りは、国家資格における必修科目の選定が国毎に違うのは当然なので、管理栄養士とResistered Dietitianの違いということになるのかもしれません。


 そういう意味では、食育の方がより広い範囲を包括するので便利ですが、栄養学という言葉を作った佐伯博士の研究所に勤める人間がそれを言っていいのかどうかというのが、最近の興味の焦点でもあります。食育は、食養から来たものだと思うので。


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