今日、うちで働いているバイトの子相手に、もうウェブじゃないと言い、それはそのとおりではあるけれど、まだまだウェブの時代は続くし、そのウェブは携帯やゲーム機と見分けがつかなくなるところまで行くだろうというのも本当で、ウェブじゃなくなるのはたぶんこれからの5年から10年過ぎたあと、ということだ。マスとしては。
それで、関係ないけど、そのときたまたま一緒にお茶してた卒論生が言っていたことを思い出して、YouTubeをのぞいて見た瞬間、なんだか「わかった」と思ったのは、ウェブページが10億ページを超えた(あるいは20億ページかもしれない)この過去数年間のどこかの時点で、ウェブのランキング上位に来るとか知名度がとかいう価値は、たぶんTVの視聴率と同じものになってしまったのだ、ということだった。
つまり研究所や研究者という視点から、多分TVだってラジオだって、ある時点(短かったと思う)までは、視聴率が高くないといけないと考えていた時期があるはずなのだ。ウェブでいうなら、95年から2000年ころというのは、Googleがまだ無い時代にランキングというか知名度は重要な問題だった。よそからリンクを張ってもらえばうれしかったし、Yahoo!にも登録され、雑誌に紹介されたこともなんどかあったが、そういうことが重要だと思えたわけだ。
この1,2年はダイエットで検索してもウチのサイトはもう出てこないけれど、もうそういう時代ではないというか、そういう時代ではすぐになくなるだろう、という感じがして、それは例えばニューヨーク在住の大学院生Asakoさんの多分まだほとんどだれも知らないサイトでも、5年前にはそこいら中に書き込みしたりリンクの登録をしたりして宣伝して、アクセス数をふやそうとしただろうと思う。
でも、現在では、すこし特殊な用語であれば、わたしたちの作っているページのどれかが一位にくることも珍しくないくらいおなじみにはなっている(彼女のサイトも例外ではない)。というか、多分数年を経た特に隠匿しているサイトでなければ、みんなおなじみになったのだと思う。だから、Googleは、広告のリンクを目立つ位置に入れたわけだ。べつに因果関係があるわけではないだろうけれど。
最近では、サイトのアクセス数を増やしてくれるというありがたい業者からのメールも来なくなって久しいので、実際もう全然そういう時代ではないということがわかる。ただ、アクセス数が研究所の目標でないことは誰の目にも明らかで来年の業績評価からははずしてほしいとも思うのだが、まだ2、3年は確実に続くでしょうね。
ソーシャルネットワークはヤバイと思うが、2チャンの対極にある、けれどある意味ではとても似ているし、とても日本的な感じだ。
むかし、11月中旬のドイツでバスに乗っていたときのことである。街の大きな乗換駅で、ごく普通の買い物帰りの女の人が、バスを降りようとしてだれかとぶつかったらしい。
彼女は、バスを降りて、振り向きざまに、なにか怒鳴りながら、つばをはいたのだった。
乗り降りの女性同士のちょっとした接触で、諍いになることがそもそも驚きだった(でも日本でも全くありえないことではない。見たことはないが)が、混雑している乗り物にむかってつばをはく姿をみて、ドイツと日本は違うと感じた。
当たり前の話だが、ドイツ人といっても別に日本人と異なるわけではない同じヒトであって、(遺伝子を介して子孫を残す生物全体の中で比較すれば)遺伝的な背景はほとんど一緒である。ちがうのは環境の方だと思うが、その違いが2チャンを生む土壌になるのである。
環境因子は、国によって言語が違うことが障壁になって、なかなか見えにくいのだが、欧米とアジアの諸国のウェブサイトをひとつずつ見ていくと、逆に日本人であることが見えてくる。全部が日本語か英語ならばその差異は歴然だろう。
そのようなことも含めての将来像ではある。