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古代ユダヤ教(承前)



■科学的根拠は実証的根拠か?


 イコールではないというのがEBMの考え方だと思い、最近では科学的根拠という言い方は勤めてしないようにしている。EBMの専門家ははじめから意識的に避けていたようだ。


 私も含めて素人はなんとなく科学的根拠という言葉を使用してきたが、『ネイチャー』や『サイエンス』に掲載される論文が科学の本流だと考えると、その多くがインビトロや動物実験なので、EBMとはあきらかに矛盾が生じてしまう。矛盾に漠然と気付きながらも、それは応用を考えたらヒトにはヒトの研究がより適合しているというに過ぎないと、私は思っていた。


 まさか、ヒトにはヒト以外の研究は適用できるはずがないという意味だとは思わなかったが、実はそのような意味合いであるようだ。そうなると、毒性試験をラットやマウスで行っている研究者はどうなるのだろう? その結果をヒトに適用するお役人たちは?


 毒性試験はヒトでは行えないからしかたないとは誰もが認めるだろうが、そこには動物実験からヒトでの効果を推定することは不可能ではないという前提が存在する。それを認めると、有効性試験も同様な推定ができることを認めないわけにはいかなくなる。


 もちろん有効性試験の場合は、ヒトで行っても道義的な問題は生じない。したがって、それをしないことのほうがかえって道義にもとるということにもなるが、それと動物実験による有効性試験の結果を全否定することはまったく違う。それに、たとえ有効性を調べる場合でも、研究に道義上の問題が生じないわけではない。プラセボ(偽薬)の使用はその一例に過ぎないだろう。


 ポピュレーション戦略とRCTは実は表裏一体のものなのかもしれない、と考え始めたら、実証的根拠に基く医療はなんとなく漠然と従来の医療よりも人間的(患者のことを考えてもらえている)に思える、というのがまったくの夢想であるような気がしてきた。


 なるほど、だからナラエビなのか。


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2007年02月04日 00:00に投稿されたエントリーのページです。

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