そういう節目にいるのではないかと思ったりもする。節目といっても、何年かにわたってゆるやかに変化していくものであり、三月いっぱいで廃止というように劇的には進行しない。そもそも廃止に決定されたことは一度もなかったわけだし。
それでも、実質的にこれが転換点だったのではないかというような局面はあるのかもしれない。昔話をするなら、研究員会議を潰したあの日がそうだったかもしれないとはいえる。もっともこれは今となっては本当に昔話になってしまったが。
過ぎてしまった日々はいつでも緑色に輝いているのかもしれないが、実際には昨日今日となにも違っているわけではない。役者が違うだけかもしれないし、監督かスポンサーが変わっただけで、台本は一緒というような。でもみんな飽きもせずに戦国時代や明治維新の物語を作り続けるし観続ける。
タイトルはボブ・ディラン。でも僕が音楽を聴きだした頃には、すでにディランもビートルズも規範に近かった。岡林でさえも。そういうものかもしれないと本気で思ったのは、中学時代の友人に頼まれてフロイドのCD(!)を近くのレコード店(!!)に取りに行ったとき、アルバイトの大学生らしい店員に、シブいですね(!!!)といわれた時だった。そのエピソードを友人にCDを渡しながら話すと、彼「最近は、パープルをヘヴィメタの元祖というくらいだから」と笑っていたが、これを今読んでいるキミ、ヘヴィメタって知ってる?