キャッチボールについて哲学的に書いてみようと思った。ただし、ここではボールは比喩的な存在であり、ヒトとヒトとの間を行き交う様々な事象のすべてを意味することにする。
はじめよう。
簡単なことなのである。20歳は一番美しい季節かもしれないけれど、20歳ではないわたしはそれを言ってはいけないらしい。というのも、ポール・ニザンが「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生で一番美しい年齢だなどと誰にも言わせまい。」 などと書いてしまったからだ。この小説、最近新版が出版されて手軽に手に入るようになったが、もうだれも書き出しの一行だけでは心酔わせられないようである。
書き出しの一行で良いのなら、ブローティガンの『コーヒー』という短編小説があり、トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』という長編もあるが、どちらも最後まで読んでも良い作品である。ニザンは読んでいないので、わからない。
それはともかく、そのようにして二十歳の青年は自分のことを考えるものだというのは、古来良く知られた事実だし、だいたい二十代なんてそんな感じで過ぎてゆく。私も周囲の誰も例外ではなかった気がする。
大学院の時、私は博士論文で忙しかったのであまり気にもかけなかったのだが、修士二年の後輩が隣の学部の博士課程に進みたいらしいといううわさを聞いた。これは少なくとも当時の日本ではあまり推奨されない進学コースだった。どうしてよそに行かなければならないのか、というわけである。指導教官にはプライドがある。特に教授は、自分の研究室に砂をかけられるような気がするのだろうか、まあ実際その通りなので、これはかなり微妙な問題になる。
それでも、「隣の研究室」に移るよりはまだ容易で、現実に、彼の一学年上のクラスの一人は歯学部に再入学し、もう一人はB研という医学系の研究所の博士課程に進学していた。だから、修士二年の後輩も、できると思ったのだろうが、それはとんでもない勘違いだし、実際勘違いだったことが後に証明されることになる。
少々の経験値があれば、この後輩の困難は一目瞭然だったはずである。なぜなら、そういう進路は通常難しいのに、一年上の先輩が二人も同時にそれをやってしまっていたのだから。指導教官は激怒とまではいかなくても、そうとう怒っていると思って良い。私はすでに微妙な問題だとは思うくらいの分別はあったが、当時はそこまでは考えなかった、というより考えたくなかった。私もやはり教授はそんな陰険な存在であるはずがないと単純に信じていたからだ(この信頼は、一年後に裏切られることになるがそれはまた別の話である)。
問題は教授のプライドなのだから、教授になれる三十代後半にもなれば、これがどんなに曲者かはわかるようになると思うが、二十五歳の後輩(とたぶん周囲の同級生)はそんなことには思い至らなかったのだろう(私は当時二十八歳で、うすうす気がついてはいたがまだまだ楽観的だった)。
けれど、すでにお察しのとおり、彼は、隣の学部の博士に行くことはできなかった。教授がそれをつぶしてしまったのである。単に推薦状を書かないということだったかもしれない。所詮は他人ごとなので詳しいことはよく覚えていない。でも進学できなかったことは覚えている。もちろん、そのまま内部で博士課程に進むことも、教授に拒否された。彼は、確か就職浪人になって一年後にどこかの企業に就職したはずである。
ちなみに、もっと困難だと上に書いた「隣の研究室」に移籍する場合だが、無邪気にこれを教授に言ったところ、まだ残っていた教授の必須科目の単位が不可になり(まだ四年生だったのだ)、卒業さえできなくなってしまったというケースがある。もちろん、不可になったのはテストができなかったからであって、移籍は関係がないと、教授は言うだろうけれど。
全然哲学的じゃない。それにキャッチボールにもなってないような気がする。はっきり言って、彼ら(後輩たち)は、最初からあさっての方角にボールを投げてしまった実例に過ぎないし、そんな例はどちらかといえばまれな部類に属する。むしろ、キャッチボールをしたのは、その先輩二人のほうだろう。現在ひとりは某公立大学の教授になっているし、もう一人は良く知らないが確か某歯科医師会の会長をやっているはずである。うまくやってしまった彼らのほうが、よっぽど教授のプライドを傷つけたはずだが、一方的な報復はできなかったわけである。だからこそ、それはキャッチボールとして成立した。
野球に興味がない人間には、だからなんだということになるだけだ。しかしそう傍観していられるわけでもない。
まさか、翌年その当事者に、しかも初球から暴投の一例を増やすことになろうとは思ってもいなかったわたしだったが、いきなり(予兆はあったが今にして思えば自業自得というやつである)剣が峰に立たされることになってしまった。
しかしそれはまた別の話である。いずれ気が向いたら書くこともあるだろう。
千里ニュータウンつながり、ってことで。:-)