たったひとつの論文が科学の世界を変えてしまうということも、まれにはある。
1904年(?)にアインシュタインが書いた論文はどれもそうだった(かもしれない)。
あるいはハイゼンベルクの量子力学。
これはいわゆるパラダイム・シフトと呼ばれる現象である。コペルニクス的転回によって、昨日まで動いていた天体が静止し、今日からは地球が動くようになる、というトマス・クーンが名付けたあの現象である。
厳密にどこまで成立する考え方なのかはともかくとして、天文学と物理学の世界では、過去に実際に起きていることなので、それが今後生物学の世界で起きないという保証はないが、そういえばシュレージンガーという、そんなものはないと早々に見切りをつけてしまったことでも有名な物理学者もいた。もちろん波動方程式などで物理学での貢献は計り知れない大学者であり、実際生物学には固有の物理法則は未だに見つかっていないので、彼は正しかったといえる。
生物学の世界でこれにあたるものとして、たとえば進化論はそうかもしれない。個人的には分子進化の中立説のほうが二重のパラダイム・シフトを内包していて興味を感じる(実際、そちらを専門にしたいと真剣に悩んでいた時期もあった)。
栄養学に限定するなら、ビタミンの発見はかなりそれに近いといえるだろう。ビタミン欠乏は、たとえば、大航海時代にはビタミンC欠乏(壊血病)がオレンジとレモンで治ることが知られていたし、明治時代には脚気が西洋風の食事では起こりにくいということもわかっていたが、食事の中にヒトが生合成できない必須の成分が含まれているという発想はなかったらしい。
そんなバカなと思うかもしれないが、現実にふつうの食事を摂っている限り、欠乏は起こらないのだから、気がつかないのも無理はない。何万年ものあいだ(というのが大げさなら少なくともギリシャ時代には)、子供は男性のなかにあるもの(たとえばホムンクルス)が女性の胎内で大きくなるだけと信じられていたくらいなのだから。
ちなみに、このホムンクルスは、最初から赤ん坊と同じ体形をしていて、胎内ではただひたすら大きくなるだけだと考えられていた時期もあった。
というわけで、一夜にして世界が変わることは現実におき得ることではあるし、それがハトの餌に端を発したために医学界から無視されるということも現実におき得るというか、ビタミンの発見にはそのような逸話が残されている。