アレルギーがないというのは
一般的な認識は知らず。ワタシ的には、英語アレルギーがないというのは、意味がわからなくても英文を前に怯まない(翻訳ソフトの日本文だけしか見ないのではなく)ということであり、コンピュータアレルギーがないというのは、いくらでも新しいソフトの使い方を覚えたがるということであって、英語アレルギーがないのだから、機械翻訳を日本語として意味が通るようにすることは当然できるはずという認識です。英語を見るのは全然平気だけど100%理解できないというのを英語アレルギーがないと(言葉通りなら確かに間違いではない)云えるのか微妙。
いくら読んでも理解できない日本語は、日本語と云えないのは明らかで、さすがに日本語でないものを日本語にしろというのは無理。というか英語を読んで書く方が早い。つまりその理解できない日本語はないほうが良いということになってしまう。
してもらわないことが最良である場合、来ないことに給料を出すのが最適? いやふつうは違うような気がする。