半分の月がのぼる空
伊勢にいったことはなぜか今でもはっきり覚えている。
といっても、覚えているのは、水路だか単なる溝だかを泳いでいた錦鯉だけなのだけど。
幼稚園のころかそれよりも前のことだ。
伊勢神宮にそのころ行ったことは母親に問いただしたことがあるので間違いはない。
同じころ安芸の宮島にも行ったが、こちらは問いただすまでもなく確実に記憶に残っている。だからたぶん宮島のほうが後だったのかもしれないが、どちらも断片的な記憶しかないので判断しようがない。今度実家に帰ったら聞いてみようと思うが、両親のほうがひょっとしたらもう忘れているかもしれないので聞くのがちょっと怖くなる。
思い出しついでに書いておくが、やはりその時期に、父の生家がある山口の宇田郷には、何回か行っており、まだ30代だった父に海に潜ってサザエを採ってきてもらった記憶がある。砂利というには大きめの石(10センチくらいあった)が転がる海岸で、採れたてのサザエを焼いて食べた。そのときは、川で鮎も採った。従兄に目の前でモリでついて採ってもらった。やはりその場で焼いて食べた。
どちらもおいしかったという記憶だけで、実際にどんな味だったかまったく覚えていない。でも江の島へ渡る橋の途中で売っているサザエや、日光で食べた鮎とはまったく違ったと、江の島や日光では思った記憶が確かにある。実際違ったのだろうが、もうまったく再現不可能だ。
実家ではおじさん(父の兄)が養蜂をしていたので生のはちみつを食べたが、これも味に関してはまったく覚えていない。ただ、はちみつはしばらくたつとぼそぼそになって元には戻らなかったらしいことだけは覚えている。おじさんのくれたはちみつはいつもぼそぼそだったから。
いつまでたってもしっとりした市販のはちみつにはなにが添加されているのか今でも興味あるが、きちんと調べたことはない。どうせ調べても、あの生のはちみつがまた食べられるわけではない。それとも山口の実家ではいまでもあのはちみつがあるのだろうか。
『半分の月がのぼる空』は、橋本紡の小説だ。伊勢が舞台だが地域限定の話題はあまり出てこない(続編では出てくる)。言葉も標準語である。わたしは、むかし暮らした大阪と宮崎を思い出しながら読んだが、江の島周辺を舞台にしても問題はなさそうだ。
ファンタジーではないことを言い訳している作者あとがきが現在ではかえって違和感がある。