雨に病んだ
乾いた心と
凍てついた空を
街影が縁取る
雨上がりの街に
風がふいに起こる
松本隆『十二月の雨の日』
おそらく僕はもっと感情をあらわにしたほうがいいのだろう。ときおり、他人のことばにひどく傷つくことがある。そんなときは牙をむき出しにして吠えるのが正解なのではないかと考える。
今日もひどく嫌なことがあった。保険の外交員が電話すると渋谷で電車が止まっているという。待ち合わせの店は営業していない。時間はとっくに過ぎているというのに。
それでよけいに嫌な気分になる。でもそれが嫌なことの正体ではなく。どちらかといえば気分を紛らすお楽しみだ。宮崎にいる彼女。今日は鹿児島空港から来たといっていた。霧島が噴火していた。都城が灰に埋もれていた。空からそれが見えたのだ、と。
待ち合わせの店は閉まっていたので、向かいのベックに入って彼女が切り出したのはそんな話題。保険の「おばさん」の話ではあるのだが、宮崎の話が心地よい。また宮崎に住みたいと思う。
住んだらすぐに他所に行きたいと思うのもわかりきったことだ。だってあそこには本屋がないのだから。でも、それで嫌な気分は少しだけ和らいだ。
嫌なことが本当に嫌なことなのかよくわからないけれども、僕は保険の「おばさん」に会う前に十歳年下の女性と話していた。
彼女はとてもいい人で、だから、そのときはなにかが外れていたのだろう。僕に書評用の本を紹介してほしいと言いった。臨床社会学やカウンセリングの本をもって行くと、紹介したらまた問い合わせが殺到するかも、と言ったので、「紹介できるわけないよね」とまじめに返答したら、「申し訳ないけど、違った」と言って全部返してくれた。
正直にいってはいけなかったらしい。