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2011年02月 アーカイブ

2011年02月04日

節分といえば



青鬼は、あとで他所の村にいって絶対自慢しているという西尾維新の小説(偽物語だったか)を思い出した。あの赤鬼を村人に受け入れさせるために、あえてヒールの役を買って出た青鬼、彼は赤鬼と実は仲が良いことを村人に悟られぬようにこっそり旅立っていったのだった…。って、説明してどうする。


これもひろすけ童話のひとつだったんだとググっていて思い出した。むく鳥といい、母親の戦略はかなり成功したというべきなのか。今日、別のサイトで「いやいやえん」の作者にインタビューしたとき、禁じ手のサインをねだってしまったというエピソードを読んだが、まさしく「三つ子の魂、百まで、わしゃ九十九まで」なのだろうか。ちなみに、九十九まででもまだ何十年もある。


という時候の挨拶的な前置きは、本当に単なる挨拶なのでどうでもよいのだが。


みにくいアヒルの子は、本当は白鳥の子だったので、成長したら美しい白鳥になったというのは、アンデルセンの創作童話であるが、そのたとえでいくなら、こんな感じだろうか。


そのとき、近くの木の枝に、一羽のカラスが止まりました。カラスは、下を行くアヒルの親子の末尾にみにくいアヒルの子が、よたよたと遅れながらついて行くのに気付いて、ちょっとからかってやろうと思いました。


「おおい、お嬢さん」とカラスはみにくいアヒルの子のそばの地面に降りてささやきました。


みにくいアヒルの子は、「?」という表情でカラスの方を見ました。


「あんたなかなか個性的だね。きっとおおきくなったら別嬪さんになるね」とカラスは言って飛んで行きました。


みにくいアヒルの子は、一瞬何を言われたのかと思いましたが、それはつまり、母親や兄弟たちが言うのとは全く逆のことなのでした。違っているという点では同じなのですが、違っている方向がまったく逆なのです。自分はみにくいのではなくて、美しい方に違っているのだと、カラスは告げたのでした。


それは少なくともみにくいアヒルの子に自信を取り戻させる効果はあったようです。自分は、みにくいアヒルの子ではなくて実はうつくしいアヒルの子なのだと考えることで、うれしい気持ちになれました。それも空を自由に飛びまわれてしかも漆黒の羽をもったカラスにいわれたのです。アヒルのような地面から飛び立つこともできない半端な鳥ではないのです。私もその仲間ではあるけれど、カラスに認められるような違いがあるのだから、もっと自信をもって生きていこう、とみにくいアヒルの子は思いました。


もちろんみにくいアヒルの子は、カラスが黒くて空を飛べるというだけで、なにかえらいもののように勘違いしていただけです。カラスがいったこともデタラメです。


みにくいアヒルの子は、永遠にアヒルとしてはみにくいというのは間違いないのです。アンデルセンは白鳥のほうがアヒルより単純に美しいと思っていたかもしれませんが、どちらが美しいかなんて主観的な問題です。そして白鳥は永遠にアヒルにはなれないのです。


白鳥(みにくいアヒルの子)は、白鳥であるという自覚を持たない限り永遠にみにくいままであり続けるのです。カラスに騙されて、調子に乗ってアヒルであり続けようとして、どうする。


とはいっても、白鳥のアイデンテティはいまだなし。だからいつまでも評価できないのに、まあたカラスなんかに騙されてと思ったけど、みんなでおとぎ話の世界にいるのはそれはそれで幸せなんだと思いました。


というかおとぎ話の世界に入れないのは不幸なのだな、たぶん。つまりわたしが。


2011年02月10日

みんな大人になるってことだよ



昔々のことです。あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんはある日、KQ系というものを思いつきました。7つあるKQBを3つのKQ系に統合して系長を選ぶのです。同時に、KQBのB長にはかならずだれかがならなければいけないことにしようと思いました。そのBに2つのKQ室があって室長が二人いるときは、おじいさんがどちらかをB長(代理)に指名できるようにしたのでした。もちろん一年たってB長(代理)がなにも問題を起こさなければ(代理)の文字をはずしてあげようと思っていましたし、そのとおりに実行もしたので、おじいさんが好きな人だけを、なんの審査もなく、B長にしてあげることができました。


さらに昔々のある日のこと。


もうB長という言い方は古いから、Pリーダーという言い方に変えようとおじいさんは思いました。ただ変えるだけじゃなくてPリーダーにふさわしい人にはPリーダーになってもらい、ふさわしくない人には辞めてもらおうと思いました。


さらにさらに昔々のある日のこと。


いや、もう無理だから。かんべんしてください。このとおり。


拝むように手を合わせたまま、ほぼ垂直にお辞儀をすると、おじいさんはまわれ右して走り去って行きました。土佐。


(おしまい)


子役A:はーい、質問です。それで、だれが大人になったんですか?


大人になりたい



むかし昔の物語だが、新しく建物を建てるときには、各BのB長が同じ面積を確保できるような配慮があるのだろうが、それは別に決まりでも何でもないのでいくらでも変更が可能だったりする。


あるB長が、むかしだったら2Bに相当する(というか実際に2Bだった)領域が自分のものだと認識しそれを周囲に宣言した。昔の事情など知らないのだから、権利として主張するのは当たり前かもしれないが、むかしの事情を知っているB長も複数いるし、自分のB下になった事情通もいるわけで。


もちろんそんな大人になりたいわけじゃなく、全然そんなのはどうでもよくて。勝手にやってればいいという漢字。


2011年02月12日

中立を装う



事実と仮説と意見という情報の三区分において、もっとも微妙なのがニュアンスの存在である。


http://www.asahi.com/politics/update/0212/SEB201102120003.html


において、さる市の公務員給与が、異常に低く抑えられていたのをその市が属する県並みに戻すという決定について、新しい市長が金儲けに走ったかのような印象を与えるように記事を構成している。


新聞記事では日常茶飯事で特に珍しくもないが、ニュアンスの例として引用しておく。


記事を書いた記者の給与は、ぜひとも専決事項として一日千円にしてもらいたい。その後、一日五千円に戻して、自分がいかに金儲けに走ったかを書いてもらいたいものだ。


もっとも、現在の朝日新聞で記事を書いた記者の年収と、くだんの市議の年収を比べれば、おそらく一目瞭然だとは思う。確かに市会議員が名誉職かボランティアである地域・時代は存在するが、現在の日本では明らかに違う。それは職種のひとつであって生活の手段である。


とはいえ…


話題はとぶが、マスターに入りたての頃、ドクターの先輩に、ある輪読会で使ったテキストの文章がへたくそだと率直に言ったら、「おまえの理解力が不足しているだけだろ」と笑って言われた。つまり権威に対しては行間を読めということに尽きるということである。


理解力の不足はあれから何十年たっても相変わらずだが、べつにへたくそな文章を理解する能力なんていらないのである。わからないものはわからない。おかしなものはおかしい。そうハッキリ言うべきなのである。


違うように思えるかもしれないが、すべて同じことである。と思うのだが。


2011年02月15日

ハッキリさせたら負ける



当たり前のことであるが、もし生命線である補給路を敵軍に叩かれたら敗退せざるを得ない。


でも敵が生命線に考えが及ばないうちは安泰だろう。毎日敵の前線を猛烈に空襲していれば、その補給基地に考え及ぶことも実際に到達するのも困難だ。


というわけで:


1 冷静に考えるとおかしい点が多いが、とにかく常に言い続けていて反論ができない


2 なぜかおかしくてもサポーターがいる


3 おかしなサポーターでもさらにサポーターがつく


もう完全に政治の世界であって、科学とは関係がない。


専門家の助言




ただそれだけのことに、私たちはいったいどれだけ専門家の科学的助言を必要としているのだろうか。ただ生きるだけのことに、あらためて特別に取得すべき正しい知識とリテラシーがあるというなら、それはいったいなんなのか



これは、柄本三代子の『健康の語られ方』(青弓社、2002年)の「はじめに」に書かれている文章である。


当たり前のことであるが、生存の必要条件としては、私たちは日々を生きることに専門家の科学的助言など必要としていないことが明らかである。少なくとも、何万年か何十万年かの間そういう状況で生きてきたのは間違いない。


でも、現代の私たちは、現代医療を知っている。それが科学研究を基盤にしていることも知っている。その恩恵たるや、いまさらいうまでもないわけで、その専門家が科学的な助言をするとしたら、どれだけの人がそれを聞かないで無視していられるというのだろうか。


という意味で、柄本は最初から間違っている。特別に取得すべき正しい知識とリテラシーがあると期待するのが当然なのである。私たちが学校で小さいころから習ってきた衛生に関する知識は、そのようなものの端的な例ではないか。手を洗うことでどれだけの微生物が除去されるか。除去された微生物がそのままだったらなにが起こっていたのか。答えは明白である。汚れた手でおにぎりを食べたりすればお腹が痛くなるに決まっているのである。


しかし、柄本は実は正しい。というのは、そんな知識もリテラシーも存在しないからだ。いや、あるにはあるのだが、それははたして特別なのか、だれにも分からないというのが実情だからである。例えば食事の前に手を洗うかどうかに関して、ひょっとしたら洗わないほうが女性のアレルギー性疾患を少なくすることに寄与したのかもしれないという最近の研究があったが、その論文の著者は、だからそうしろとは言わず、もっと根本的な問題点を指摘していた。つまり、食べたらどうなるのか、食べなかったらどうなるのかを、だれもそんなに正確には説明できないのだから、特別な正しい知識などと呼べるものは存在しないということである。


2011年02月27日

栄養学の学問構造



ある本で見つけた栄養学の学問構造の図がすごいと思ったので紹介する。



おもに食品を調べる


[食べ物のための学問]食品学、調理学



おもに動物や細胞を調べる


[メカニズムのための学問]実験栄養学、基礎栄養学



おもにヒトを調べる


[利用のための学問]栄養指導・栄養管理論、臨床栄養学、公衆栄養学



いったいどこまで本気なのか、作者は一度もこの図をまじめに見てないのではないか、と思えるほど奇妙な構成になっている。


これに加えて、人文科学と自然科学からこの栄養学へ矢印が引かれ、食品→メカニズム→利用と食品→利用のように内部でも方向性が定められている。栄養学からは→栄養士・医療者→対象者・患者・集団となっている。矢印は何の動きを示しているのだろうか。社会学が図の中にないのはなぜなのだろうか。


この構図は明らかに無理がある。


異なる3種類の分類法が併記されて、3種類がきれいに3つのカテゴリに収まっているように記述されているが、とても収まっているようには見えない。


特に違和感を感じるのは、「動物、細胞実験」が「メカニズム」で「ヒト」が「利用」という対立構造である。「ヒト」が「利用」というのは明らかにおかしい。続けて書かれている研究領域に栄養指導、臨床栄養、公衆栄養が含まれているが、まず、公衆栄養の専門家は、「利用」を考えてもいるだろうが、「メカニズム」も考えているのではないだろうか。食事のスピードが速いヒトには体重の重いヒトが多いようだという研究結果は、両者の因果関係を検討しているのであって、利用すること「だけ」を考えているわけではないだろう。


臨床栄養の専門家は、白米しか食べない患者が脚気になることを、利用したいからだけで、研究しているわけではない。メカニズムを探究している(つもりである)。


ヒトを対象にしていると、とうぜん臨床応用は動物や細胞実験よりも身近にあるが、そのこととメカニズムと利用というのは直接関係はない。毒性試験をしている研究者は、とうぜんのこととして常に利用を念頭に置いている。


栄養指導に至っては、動物実験はまず不可能な領域だが、研究は「メカニズム」でなく「利用」だって、そんなはずがあるわけないでしょう? メカニズムはまったく知りたくないが利用はしたい? 


栄養学は実学だと筆者は言うが、そもそも栄養学は実学だろうか? 栄養学の一部が実学なのではないのだろうか? 医学がそうであるように?


実学とは世の中の役に立つことを目的とする学問のことをいう、と筆者は言う。確かに基本的にはそうであろう。


例えば、第二次大戦中米国のオッペンハイマーは、実学である工学によって原子爆弾を作り出したのはよく知られている事実である。別の人間(たとえばこの場合は日本人)にとっては役に立たない。


アウシュビッツで使われたとされる毒ガスはどうだろうか。これも別の人間(この場合はユダヤ人)にとっては役に立たない。


ロンドンを攻撃したロケット爆弾はどうだろうか。これも別の人間(この場合は英国人)にとっては役に立たない。


世の中の役に立たないものは意味がないという立場の科学である、と筆者は言う。しかし、上記の例からわかるように、役に立っても意味がないこともある。


高木兼寛は利用のため森鴎外はメカニズムという割り切りも同様に割り切り過ぎだろう。高木と森の対立はメカニズムの対立であった。高木は栄養説であり森は細菌説であった。


どちらの説も間違っていた。


実験結果がうまくいった高木がその結果を支持するのは当たり前であり、反対派が否定的なのも当り前である。


なぜ、ここで高木は利用派、森はメカニズム派とするのだろうか? それは歴史的にみてもおかしいのではないか? 高木は実験結果がうまくいったから自分の考えたメカニズムも正しいと考えたわけで、決してメカニズムは間違っているが利用という観点からうまくいくので採用したというわけではないはずだ。実験結果が自分の理論に合致したから、それを強く主張することができたと考える方が妥当な気がする。


自分に都合のいい解釈というのは、科学のもっとも忌避するところであるが、あるいは実学ならば良いというのだろうか。


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