栄養教育とは直接関係ないけれど、「健康食品」の安全性・有効性情報で話題になっている「にがり」の痩身効果なしという情報ですが、予想されたとおり健康食品の販売会社から抗議が殺到しているようです。
今回の抗議からは、どうやら、一般の人にとっては、3人の学者が学会で発表していれば、それは充分な根拠なのだということがわかりました。
研究者(学者)の視点からすれば、たった3人の学者(少ない)が学会でしか発表していない(全く信頼性なし)ものは、なにも証明されていないに等しいのですが。
販売会社にとっては死活問題かもしれないし、本気で信じているのかもしれませんが、彼らはまず、東方の三賢人(確かな根拠があると主張する3人の学者)に聞いてみるべきでしょう。
もし聞いてもしかたないくらい無知(専門教育を受けてないという意味です。バカという意味ではありません)なのであれば、栄養研にクレームをつけても無意味です。簡単に論駁されてしまうでしょう。
どのにがり製品で検討したのかと会社の人は仰るようですが、製品ごとにことなると考えているのであれば、それは、「にがり」に効果がないことを認めていることになります。他社の製品には不純物が多いとか、いろいろ主張されているようですが、にがりの効能に関する「研究」は、そういうさまざまな会社の製品を用いて行われているのではないでしょうか? 学会発表でもとりあえず確たる証拠と認めると仮定しても、もし製品ごとのばらつきが大きいのなら、学者の研究で用いられた製品以外の製品は、結局効能を主張できないことになってしまいます。
ところで、今回の栄養研の発表では、体重が減ることはありえると言っているのに気づいたでしょうか? タイトルには「痩身効果」なしと書いてありますが、下痢や軟便によって身体から水分が失われることで見かけ上体重が減ることはあると言っています。
でも、必要な栄養素の吸収を阻害することになるので、止めたほうがいいと主張しているわけです。
日本人の複数の研究者の方々が、にがりの痩身効果について研究していることもこの文章の作者は承知していると思われます。にがりのメカニズムとして主張されているいくつかの点について調べれば、すぐにそれら先生方に行きつくからです。
通常、まともなエビデンスがないと研究者が言うとき、それはPubMedで文献が見つからないことを意味しています。それは、例えば中国語や日本語で書かれた文献がないという意味ではありません。それらの文献が嘘をついているといっているわけでもありません。
簡単なことなのですが、よほど偏屈な学者でないかぎり、論文はできれば英語で発表したいと思います。したがって、もし効果がすばらしいものであれば、英語で発表したいと思うのは当然ですし、だれもがそうするように勧めるでしょう。
では、もしにがりの英語文献があまり存在しないとしたら、それは何を意味するのでしょうか?
真実は知りません。でも学会でふつうに考えるのは、英語の文献が存在しないならば、エビデンスが希薄なのだということです。それは効果がありえないといっているわけではないのですが、そこのところの解釈が一般の人と研究者で大きく異なるようです。
研究者として、英語の文献の欠如は、1)いいかげんなもので実際エビデンスがないから、2)研究している人が英語を書けないから、3)国粋主義者なので英語では発表しないから、のどれかだと考えます。3)は私が知っている範囲ではひとりも知りませんし、そんなことを言っていたら博士号も取れないので、まずありえないでしょう。
とすると、1か2ですが、英語の翻訳サービスも今はありますし、とにかく英語で書かない研究者は、中世ヨーロッパでラテン語で書かない研究者と同じで、無視されたとしても文句は言えません。
学会で発表してると抗議するかもしれませんが、そんなことをまじめに主張できること自体が恥ずかしいことなのです。
そうは言っても、上記のことが、にがりに効果が絶対に存在しないという証拠にならないことを認識することが重要です。
健康食品会社の人はもしかしたら認識しているけれど、購買層が絶対に認識しないからクレームをつけてくるのでしょう。そう思いたい。
その認識が欠如しているとしたら、健康食品を扱うのはやめたほうがいいのではないでしょうか? もちろん誰でも何を売っても法的な問題はありません。でも道義的な問題がないとはいえないでしょう。
「わたしは一週間で2キロやせました。これをどう説明しますか」というクレームがついたとして、その「わたし」さんの元の体重は書かれていない、アルコールを断ったというけれど、その前後の体重変化も書かれていない。運動が増える状況ではない、食事量は明らかに増えていると言われても、だれも見ていない。まさに、そういう結果報告のことを、エビデンスがないというのです。
もし初耳なら覚えてほしいと思います。
一般の書籍では、こんな実例を10か20か集めて、事足れりとしている。学会発表もこのレベルで可能です。もう少し例数を増やせば日本語の論文になります。
たしかに、例数をはるかに増やせば、こんないいかげんな報告でも英語の論文になるでしょう。でも、例数を増やすと、いいかげんな結果ではきちんとまとめられないことが多いのです。そのために英語の論文にならない。
正直なはなし、こんな説明を毎回くりかえすのはうんざりかもしれません(今回は私は当事者ではないけど)。
高校の課程で、こういう研究のことを教えればいいんですね。