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2003年09月21日

最近ちょっと…

 このところ、雑誌の原稿や学会の準備でこのページも、英語の方も、注意報もみんな滞り勝ちでしたが、やっと通常業務に戻れそうです。ニュースの説明も、ダイエット文献情報もすぐに復活すると思います。
 Q&Aコーナーがちょっと前からぜんぜん更新されてないのが気になっているのですが、とりあえずニューズレターの最新号ができましたので、そちらで我慢してください(それでは我慢にならないって、はいはい、よくわかってます)。
 PukiWikiやNukeのほうは、とりあえずなにか書き込んでいただいても、少しも問題ないのですが、要するにその問題のなさ過ぎなところが、書き込む意欲を失わせるのでしょうね。もう少し論点を絞り込んでいく形でリニューアルを予定しています。
 リニューアルといえば、健康栄養学情報探索頁の英語版がもうほとんどできあがっているにも係らず一月近くそのままになっています。これもじきにお披露目できると思います。

2003年12月01日

他の業務が…

 わたしの仕事はこのサイトの維持管理だけではないので、他の仕事が忙しくなると、自然にここの仕事が後回しになってしまう。というのは、ここがいちばん拘束がないからだ。

 他の業務には相手がいたり締め切りがあったりする。このサイトも、最初は期限も相手もあったのだが、いつの間にかそういうしがらみから自由になっていってしまった。なんて、他人事みたいだが、自分でしたくてそうなったわけではないので、気分的にはまったく他人事なんである。

 そのことを最近意識的に考えるようになった。ひょっとしたら、このサイト、もうまったく必要ないかもしれないのである。そうはならないように、なんて政治的な配慮はあまり得意とは言えないのだが、多分、昔のれん分けした探索頁に統合して、いくつかの機能を附加する方向で再活性化を図ることになるような気がする。

 もちろん、栄養研の本家でやっているQ&Aコーナーやむく鳥を呼び戻してもいいのであるが、一部の真面目な先生方からは、リンクDEダイエットの名前は評判が悪い。

 ま、なるようにしかならないだろう。ただ、間違っても、健康食品ネットに統合されることだけはありえない。「信頼できる情報だけをリンクをなるべく少なくして提供する」という健康食品ネットのポリシーは、うちからもっとも遠い場所にある。そういう極めて信頼性の高い安心サイトは必要だろうが、そのためには健康体力づくり事業財団の健康ネットがすでに存在する。

 自分でも少しはものを考えたい国民だっていっぱいいるはずなので、そういう人に向けて情報を発信するのが、研究所というものだ、という基本的な考え方は、いまでも生きていると思う。リンクDEダイエットは、まさにそのような情報提供の場なのである。

(栄養研HPでの一般国民向けの情報発信が少ないというのはまた別問題だ。健康食品ネットでもそれは解決されない。あの情報は基礎知識のある人を前提にしているからだ。基礎知識のまったくない、たとえば小学生に信頼性のある情報だけを的確に伝える方法を知っている人はほとんど存在しないと思う。もしあなたがそうならば、ぜひわたしに連絡してください)

2003年12月14日

12月の雨の日

 表題は、はっぴいえんどの歌の題名。この日本の(当時既に忘れられつつあった、あるいはみんなが忘れようとやっきになっていた)貧困を歌った(正確にはこの歌というよりはこれを含む1stアルバム全体のトーンが経済的な貧困に満ちているので、この歌自体の歌詞は印象スケッチ風のリリカルなものだ)バンドのメンバーがそろいもそろって、バブル期のスターになってしまったのは、皮肉ではなくて、きわめてまっとうな成功物語なのかもしれない。

 今年の冬は雨が多いので、なんとなくこんな歌を思い出したりするが、とりあえず、更新履歴のページではある。別に和製ポップスの思い出話をしようというわけじゃない。

 12月に入って、すっかりこのブログの更新が減ったのは、二つ前のブログに書いたように他の仕事が増えたからだが、理由はそれだけではない。

 『リンクDEダイエット』というのは、前身を『健康栄養科学知識基盤倉庫』といって、栄養研の全所的なプロジェクトだった。栄養研が予算をもらって行うということは、それがれっきとした研究プロジェクトだったということだ。現在進行中の健康食品安全情報ネットや自己学習システム(未公開)と同じような意味合いを持っており、未だ現実には存在しないものを、自らの手で創り出すことによって実証的に研究しようというもので、厳密にはたんなる宣伝に過ぎない栄養研公式HPとは異なる意味を持っていた。

 この違いは、そもそもの初めから存在しており、筆者の中ではあまりにも自明のことだったが、なぜか他の多くの人々にとってはそうではなかったらしい。そのために、いくらやっても、ある種の人々には広報活動をしているという以上の認識をしてもらえないでいた。

 よく見てもらえば、広報活動に必要ないくつかの要素が欠けており(わかりやすさ、読者を馬鹿にしない節度など)、逆に専門家の内輪受けのような記述を許容していて、およそ広報活動ではないのだが、思い込みほど目を眩ませるものはないし、実際には読む気にもなれなかった(それは作者の責任ではある)というのが真実らしい。

 わたしは、わかってもらえないことを説明するのは嫌いなので、ずっと黙ってきたが、この際だから、言っておくことにしようと思う。

 この『リンクDEダイエット』と『健康栄養学情報探索頁』及び関連サイトは、実証実験サイトであって、完全に研究目的でやっています。一定の運用期間を経て、公式ページからリンクさせても大丈夫なだけの信頼性が得られたと判断したものは、順次そちらに移行し、そうでないものは変更していきます。誤解しないでもらいたいことは、このサイトで、ダイエット情報を扱うとしても、それはインターネット上でダイエット情報を扱ったり普及させるその方法に研究的な興味があるのであって、実際にダイエット情報が多くの人に普及するかしないかはとりあえず、どうでもいいということです。もちろんわたしたちの開発した方法で実際に普及するということがあればうれしいのは言うまでもありませんが。

 これと同じ論法で、『情報探索頁』は世界中の栄養関連サイトを文字通りひとつにまとめる方法を考えるサイトであり、ひとつにまとめるサイトではないということです。文字体系の違いを克服する方法からはじまって、雑多な情報をまとめる方法論はいくつもあるでしょう。初期の頃には、異なる文字を画面上で表示するマルチリンガルなサイトを作ってきましたが、最近ではそれに加えて、やはり英語をベースにした展開が必須だと思っています。世界中の政府機関や栄養士サイトで母国語以外の言語を充分にサポートをしているサイトはほとんどないので、機械なり人間なりの翻訳が必須になってくるでしょう。インターネットの可能性という観点から研究的に考えた場合に、こういう方向性は必然的だとわたしは思っています。

 で、本題に戻るのだが、筆者は栄養研にいて、こういう展開を考え実施する立場にいるので、ここには栄養士の地位向上だとか、卒後教育の必要性とか、そういう、だれが言うわけでもないが、栄養研と栄養士(佐伯先生の作ったふたつの機構)の相補関係のようなものが自然に入り込んでくる。梅垣先生の健康食品のネットワークも中心は栄養士である。いくら健康食品の実態が薬物に近いとしても、ここは必ず栄養士でなければならないのだ。

 以上のような枠組みを、別にわかってもらう必要も、ふつうはないのだが、そのために無用の仕事が増えるという事態は充分にありえる。そのために、ブログなんか書いてるひまはないということだって。

 ただし、このブログは、情報提供のあり方として、今まで試してきた方法より効果的な面もあるとおもってやっているので、筆者の息抜きのように勘違いしないでほしい。息抜きなら思いつくままに下らないおしゃべりをしていれば良いのである。ここのところ滞りがちなのは、対象と筆者の関係が混乱してしまったからである。あまりにも混乱してしまって、自分の書くものが自分でも少しも面白くならないのだ。どうやらこれは、対象と三角関係にあった他者の磁場によって筆者と対象の間がひどくゆがんでしまったからであるらしいとようやく気が付いた。

 もうこんな愚痴めいたブログは書かないようにする。今回だけ大目に見ていただきたい。

2003年12月29日

春よ来い

 タイトルははっぴいえんどですが、要するに、肥満治療には飽きてしまったのですね、私自身が。論文を見る限り、体重90キロもある巨漢(と日本では間違いなく呼ばれる)が、半年のダイエットで、平均して一割の体重を落とす。つまり81キロになるわけです。確かにダイエットだけれど、だれもこれで満足しているとは思えない。確かにそれでも健康寿命を延ばすことはできるというけれど、それがいったいなんだっていうのか、っていう…

 わたしは行ったことがないので推測でしか書けないのですが、アメリカには肥満が蔓延しているという。

 ヨーロッパでも蔓延しているというけれど、わたしの知る限りでは、日本とそれほど違っているわけではない。調べたわけではないけれど、自分の目が変でないとすれば。

 やせているほうが長生きできるというのが本当だとしても、BMIは25くらいがベストというのが寿命という観点から見た疫学の成果ではなかったのでしょうか? 日本人の研究では確かに22というのがベストになっているのは知っていますが、アメリカの25とは違って、この22を出すために統計学的手法によるカーブ・フィッティングを(少なくともオリジナルの論文では)あまり真剣にやっていないので、著者の主観によるものだという反論を論駁し切れるとも思えません。その後の研究は最初からこの22を前提にしているので、参考にはならないわけです。

 ひとつだけ指摘すると、糖尿病や高脂血症の危険率(オッズ比でも)が2倍になっても、死にいたる病ではないわけですから、乳がんや前立腺がんに比べて説得力にちょっと欠けるとは言えるでしょう。

 逆に、BMIが17を切ったらよくないというのははっきりしています。16、15ならハッキリ病気です。BMIと寿命を比較したグラフを良く見てください。確かにBMIが30を越えると寿命が縮まりますが、下のほうはもっとずっと極端です。どちらがいいかといえば太っているほうがいいのは明らかなのですが、太ることがやせることより容易であり、しかも(理由はまだはっきりしないものの)みんなが太り続けているということから、太りすぎの弊害を声高に叫んでいるわけです。

 わたしは、なんだか最近アメリカの肥満関係のニュースがあまりに多いのに辟易してしまったのです。もちろん、悔し紛れに言っていると思ってもらってもかまわないわけですが、客観的に言えば、肥満のニュースを取り上げることでだれかに迎合していたという見方も成り立つわけで、私自身は後者だと思っています。つくづく自分が情けないと思う反面、結局仕事はスタッフのできることだけで成り立つわけです。できないことは逆立ちしたってできないわけで。

 死に至る病とは、キルケゴールによれば、絶望ですが、本当の絶望とは自己を否定しない極めて積極的なものだとも言っています。これはわたしの単なる誤読である可能性大ですが、真に絶望したときにこそ新しい人生が開けてくるのです。絶望万歳ってわけ。まあ、そのためには中途半端じゃいけなくて、それはそれで地獄なわけですが。キルケゴールは強い人だったのか、ハンデを負っていたから強くなれたのか、その辺りはよくわかりません。

 はっぴいえんどがキルケゴールに行く理由もよくわからないけれど。

2004年01月01日

あけましておめでとうございます

 今年もよろしくお願い申し上げます。

 とりあえず、えいよう・こみゅーん。それから『こどものペーじ』(キッズページ)の立ち上げと、今年も企画倒れの企画が満載なんて下らない冗談を言っているうちが花かな。

 こどものぺーじは今年こそちゃんと作るつもりです。

2004年01月14日

ご飯抜き!



 ハリウッド・ダイエットの極めつけ、低炭水化物ダイエットに関する系統総覧(システマティック・レビュー)の解説をこみゅーんに掲載しました。題して、「劇的にやせる? 危険なダイエットのわな


 肝心の論文の中身の説明が尻切れトンボなので、追って書き足していく予定です。


2004年02月25日

やはりむずかしいようだ

 自己学習システムは、口頭で説明されないとやはりかなり難しいのではないかと思う。別に難しいことをするわけではないのだが。

 わたしは、未だに自分の携帯に入っているらしい(だってずっと未読メールとして残っている)音声メールを聞くことができずにいる。

 誰にだって得手不得手はある。

 でも、それを逆手にとって、4時過ぎになってから、今日発表の大事なニュースをサイトに今すぐアップしろと持ってくるのは、かなり汚いと思う。実際、その直後に外部からなぜ載ってないのかというお叱りのメールをわたしは受け取った。まるでわたしが怠けているみたいじゃないか。

 ぜんぜん違う。

 こういうやり方の好きな一群の人たちが存在するのは確かだ。自分がえらくなったような気になるのだろうか。

 話がそれてしまった…

2004年04月18日

あれ、なくなっちゃった



忙しさにかまけてしばらく更新をサボっていたら、とうとうトップページから記事が消滅してしまった。


おそらくディラックの海に飲み込まれた…わけでなくて、月別ページの4月のところに保存されただけだけど、これではいくらなんでもかっこ悪い。


あわてて間に合わせの記事を書いている。


ところで、アメリカで大流行の低炭水化物ダイエット。最近はイギリスにも支部を作ったアトキンス協会。日本でも『臨床栄養』の最新号にダイエット特集の一部として取り上げられている。


このダイエット特集号は、わが国立健康・栄養研究所のY企画評価主幹がK特別研究員他一名との連名で寄稿しているし、実はわたしの名前も出ていたりする。自分の名前入りの原稿をほめるのはほめられた行為ではないが、第一著者の呉さんは生粋の上海人で、中国の健康食品にはめっぽう詳しい。しかもそれを正確な日本語で書いてしまうのだ。初めて会ったときから、彼は日本人か、でなければスパイ(だってそれくらいうまいのだ。ただ外国人ではあるので、日本人の下らない冗談には精通していないから、いちおう言い訳しておきますが、これは欧米や日本でも時々いわれる冗談のひとつです)だと心密かに思っている。ただ、漢字が多いのはしかたないかな。


ちなみに、呉さんの一番上の娘さんも、言われなければ誰も中国で生まれ育ったとは信じないに違いない。中学に入るまで上海に住んでいたなんて信じられない。


才能の遺伝というのは確かにあるのかもしれない。それは自分の境涯を思い、父のことを思い出し(とはいってもわたしが子供のときに、海水浴場で会ったロシア人と話していたことを記憶している。それくらいには英語が話せたようだ)てみるにつけ、つくづくと感じてしまうことではある。


呉さんはもう上海になんか帰りたくないように見えるが、わたしはドイツに行って3ヶ月で帰りたいと思い、いまだにドイツ語はほとんど話せない。数年前まで年に一度は行っていたが、二週間でもう帰りたくなる。


語学力の不足によるところが大きいと思う。


研究所でも、アメリカやイギリスのニュースをウェブでみつけて印刷する。さて、いざ読もうと腰をおろすと、たまたま別の用で来ていたT先生が、既にプリントを片手に、「へえ、アメリカでは×××が○○○なんだ!」と言ったりして、がっかりしてしまう。


残念ながら、わたしがプリントをちらっと見た瞬間に内容を把握することができる言語は日本語だけだ。


英語に関してはT先生とわたしは完全に大人と子供である。12月までうちにいたRIもそうだったけど、RIはそれを日本語にするところでかならずつまずくのであんまり気にならなかった。T先生は、英語を読むスピードも、正確な日本語で要約する能力も、医学上の専門知識も(だって専門だから)はるかに卓越しているのである。


K特別研究員もそのような人であるらしい(伝聞なのはわたしは直接話したことがないからだ)。


わたしは、せいぜい惣流アスカラングレーのドイツ語(声優さんごめんなさい)のへたくそなのがわかる程度である。へたくそといえば、こないだ見たNHKのベッカムの特集番組。ひょっとしてカレ、なまってなかった?


2004年08月07日

ゴクリとサム

 最近はもうまったくといっていいほど、このページにはニュースが載らないのでした。作者が他のことに夢中になっているという人もいましたし、そうではなくて病気なのだろうといううわさも立ちました。けれども、ほんとうのところを知っている人はどこにもいませんでした。

 khirota氏はニュースを探す仕事から解放されたという風の便りもありましたが、ニュースはさる貴婦人がなさっているらしいというはなしも伝わってきました。

 いずれにしても、khirota氏がそろそろ『リンクDEダイエット』をやめようと思っているのはかなり確かなことのようでありました。実際、なにも新しいことがおきなくなってずいぶんになるのです。

 自己学習システムに入れ込みすぎて、本家がおろそかになっているという認識、というか、これは誰が見ても明らかなことでありました。

 khirota氏は、sugiyama氏をとても尊敬していましたから、彼女の作ったシステムを立派なものにしたいという気持ちは人一倍強くありました。でも、sugiyama氏は、出来上がったものが他人の名前で出ることをいつもある種の諦念とともに問わず語りに話してもいましたから、khirota氏の気持ちはちょっと複雑ではありましたが。

「さあ、戻ってきただよ。」と、かれはいいました。

2004年09月01日

始業式

今日からうちの子も学校へ。電車の混雑もいきなり充填率100%を軽く超えてしまいました。「健康食品」のメールの不具合は直ったけど、あとはなにも終わってない。今年がうるう年で8月が二回(!)とかだったらいいのに。

急にまた暑くなったので、ばてばてです。

2004年12月12日

たまには



たまにはなにか書かないと、廃墟と間違われそうですね。


というわけで、といっても何を書くべきなのか。海外の最新ニュースは、本家で土日を除いてほぼ毎日更新しています。たまにしない日があるのは、学会その他で人がいないか、あまりにも他の仕事が忙しいときです。


わたしは、ウェブに関しては黎明期のころから関わってきた(栄養研のHPを立ち上げたし、それは内部では1994年にさかのぼります)のですが、さすがに21世紀になって俄然注目されてきたブログのような新しい形式はよくわからないところがあります(というか、もうそれほど勉強する気にならない)。まだ、XMLやRDFのようなもののほうがわかりやすい。といっても、難しいことに変わりありませんが。


考えてみれば、90年代のはじめにあっても、わたしは年寄り(比喩だよ、比喩)だったので、20代の人々がコンピュータ関係では栄養研でももっと活躍していたのです。


ところが、彼らはみんなよそにいってしまい、あとから来た若い世代は、コンピュータのことを知っているようないないようなで、はなはだ心許ない状況になってしまいました。


これを分析的に考えると、というのは分析がわたしの専門だからですが、10年前には境界域にいた人々が、いまでは情報業界に取り込まれてしまった(拡大した)からではないかと思えるのです。


いまではちょっとでもコンピュータが理解できる人は、みんなコンピュータ業界にいってしまうのではないか(給料が良いから)という構図になっていると思えます。コンピュータで多少はプログラムもできる(ということはウェブを作る能力は十分あるはずの)人々は、研究なんてちまちまやっているより、ウェブデザイナーとして華麗にデビューしたほうが得だという結論に達したということなのではないかと。


それでもなお栄養研で研究をしたいと考える人々は、みんな生まれたときからコンピュータがあった(アップルは77年ですから)ので、それなりにコンピュータを使いこなしているけれど、決してコンピュータを愛したりした人々ではないようです。


そんなの当たり前じゃないかと、若い人達は思うかもしれないけれど、パーソナル・コンピュータがちょうど大学時代に生まれた世代にとっては、自分の専門とコンピュータを両方同時にマスターしなければならなくて、それがある種良い刺激になっていたと思うのです。


でも、当時のコンピュータ業界は、大学で専攻した工学系の人(筆者は理工学部の出身なのでそういう知り合いが大勢身近にいて、彼らの作る電卓ゲームに驚嘆していました。電卓で、ガンダムの宇宙戦のスピード感を再現してしまうセンスはいまだに驚きです。どうやって実装したのか未だに見当がつきません)はともかく、薬学系ではリスクが大きすぎました。


大学院に進学してから、大学時代の友人達はみなPCを買い、わたしも研究室がたまたま工学系だったこともあって、いろいろなPCをいじる機会に恵まれ、自分なりにワープロ(まだ買ったら高かった)を作ったりローリー法の検量線を描画するプログラムを書いたりしていました。


当時にあっては、それはきわめて普通のあり方でした。一太郎はやっとバージョンが2になったところで、国民的ワープロになるのはもう少しあとのこと。ワープロといえばWordStarで、英文を書くためのものですが、ものすごく高かった。マックもまだ存在せず、そもそもコンピュータでなにかをするというのは、邪道だった時代です。年賀状をワープロで出すのが非常識だったといえば、少しはわかってもらえるでしょうか。そういう時代があったのです。


なんだか老いの繰言みたいになってきたのでもうやめます。


リンクDEダイエットのような存在は、もう業者がその気になればいつでもできるものになったのでしょうか? 内部でも、そうだと考える人がいるようです。


でも、まだ日本では栄養関係で英語圏以外の情報にアクセスできるサイトはここ以外には存在しません。世界中の栄養士が自由にコミュニケーションできるようなサイトはたとえ英語圏であってもどこにも存在しないのです。


研究者のコミュニティは、学会の常用言語である英語で特に問題はなく、実際にも研究者のコミュニティは発展を続けています。


栄養士のグローバルなコミュニティは、基本的にはやはり英語を主体とせざるを得ないでしょう。それはしかたありません。でも、栄養士のコミュニティでは、研究者が切り落としているローカルな話題がかかせないものとなるはずです。そのためには、自動翻訳でもなんでも取り入れていくことが必要です。


もうちょっと精度が上がらないと、という問題は現実にあるとしても。


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