今日、Android4.0の記事を見た。なのにどうしてほしくならないんだろう。
Apple社の創業者は、いろいろと問題は多かったかもしれないものの、僕がほぼリアルタイムで見てきた、創業者の製品Apple II, Apple IIc, Lisa, Macintosh, PowerBook, NeXT, iMac, iPod, iPhone, iPadは、それまでになかった唯一無二のものであるか、それと錯覚させるほど斬新なものだったと思う。
だからほしいと思ったのだし、買っても期待外れになることはまずなかった(はず。実際には半分しか買ってないので断言はできない)。
SweetJam(kotobank.jp)のような日本語化ツールを使ってMSWordで原稿を書いていたのはもう20年以上前の話だが、当時は既にWindows2.0の日本語版があって(2.11だったかも)、Wordも動いていたと思う(当時勤めていた研究所で誰かに見せてもらった記憶がある。多分それは細胞バンクの水澤先生で彼の自作マシンだったか、彼の助言に従った図書室のマシンだった)ので、別に無理する必要はなかったのだ、ただ仕事をこなすだけならば。それ以前に98と一太郎で充分だった。直属の上司である生化学薬理研究室長の大野先生はOASYS派でしかも親指シフトをマスターしていた。彼がOASYSの廉価版を数台購入したので、あのころは報告書はほとんどOASYSだった。OASYSはCP/M-86をサポートしていたので、PC-9801(と後にはMacintosh)とのデータのやり取りに使ったこともある)。
昔話をしてもしかたないが、とりあえず、記事の写真を見ても、iPhoneだよね、としか思えないのが悲しいことではある。Appleが創業者を追い出した後の10年間にやった、たとえばNewtonやHyperCardも悪くはなかった。どちらも持っているしHyperCardのスタックはけっこう作った。だからすべてが創業者に由来するわけでもない。現在のノートブック型のパソコンにはほぼ100%パームレストがあると思うが、これを最初に作ったのも創業者不在のApple(PowerBook100)だったはずだ。
そもそもVisiCalcもExcelもピンボールコンストラクションキットもウィザードリーもMYSTもSimCityもFileMakerですら外部の会社が作った。
もちろんSweetJamもそうである。上記のようにその会社はまだ健在のようだが、なによりもあの当時、MSWordを日本語ワープロとして使うというだけでなく、漢字Talkではなくてシカゴフォントの日本語版でMacを使うということが、なによりも貴重なことに思えた。
こんなものがあり得るとは想像だにしなかったというようなもの。というよりは、実際にはAppleが作ってきたのは、こんなものがあったらいいけど出来ないとみんなが思っていたものだったのではないか。この「できない」というのがポイント。iPhoneをいくら洗練させてもそれだけではダメ。スクリーンの上で「ちちんぷいぷい」すれば、というような名古屋打ちの世界なのである。
#Appleとは関係ないのだが、書いているうちに、90年前後の日本のコンピュータ環境は実はそれほど悪くなかったことを再認識した。JustSystemは当時独自のウィンドウシステムを提案していたはずだし、坂村健はTRONの実用化に奮闘中だったように思う。同時進行的にLinuxがありWorldWideWebが立ち上がりつつあり、現実にはそちらが主流になってしまったが、TRONはかなり魅力的に思えた。ただ実装が遅かった。坂村のTRONの本を読んでいたころ、すでにHyperCardはありふれた存在になっていたと思う(本でもTRONの説明に使っていたのではなかったか。当時は明らかに日本人が大嫌いらしいヒトが作っているとしか思えないCMSのはしり、Frontier、もあったので、日本人のためのOSは大歓迎だった。記憶で書いているので時代が5年くらいずれているかもしれないが、まあ気分的にはだいたいそんな感じだった。今の水準から考えたら、1990-95年ごろの日本語(OS)環境はMacintoshかTRONしか考えられないというくらいの状況で、しかもTRONは未実装だった)。